記録にも記憶にも残る騎手角田晃一

 

私が、「角田晃一」騎手の存在を知ったのは20年ほど前ですが、当時は「武豊」騎手も若く、「岡部」、「南井」、「的場」などがまだバリバリ活躍している時代でした。

 

彼は競馬関係者一族ではありませんでしたが、名門渡辺厩舎の所属で良血馬に恵まれた騎手人生スタートだったと思います。
シスタートウショウ」、「ノースフライト」などの牝馬のイメージが強かったのですが、後半は、「ジャングルポケット」、「ヒシミラクル」など牡馬G1をいくつも制覇しました。

 

なぜ、好きになったかというと、奇抜な髪型や容姿なども含め、当時は人気より上位に馬を持ってくる率が高かったからかもしれません。
武豊騎手も、「気が付いたら角田がいる。」という名言を残しました。

 

それだけ勝負強かったということでしょう。
しかし、態度が悪い、生意気などでよく関係者から叩かれたと聞きます。

 

25歳を過ぎたあたりから、四位、「藤田伸二」騎手の活躍、外国人騎手の短期免許取得など状況が一変します。

年間50勝以上が当たり前だった彼が、16勝しか出来ない年もありました。

 

しかし、何故か彼には持っているものがあるのでしょう。

フジキセキ」の変わりに同スタッフで成し遂げたジャングルポケットのダービー制覇、ヒシミラクル8分の3の抽選に当たり出走した菊花賞。

どれも、彼の持っている運の強さなのかもしれません。

 

さらに、彼の乗る馬はドラマチックで大変人気がありました。
記録にも記憶にも残る騎手角田晃一は、調教師として第2のスタートを始めています。

 

角田晃一騎手 引退式のインタビュー

 

 

(画像出典:ウィキペディア)

 

角田 晃一(つのだ こういち)

1970年11月18日

鳥取県西伯郡名和町出身

日本中央競馬会 (JRA) 所属の元騎手、現在は調教師。