騎手と言えばこの人、田原成貴

 

競馬は90年代の競馬全盛期に主にグレードレースですが、とても沢山のレースを観ていました。

ですので、その辺りの世代の競走馬や騎手にはそれぞれにそれなりの思い出を持っています。

 

今でしたら、「岩田康誠」騎手の様な地方からJRAに来て活躍している騎手が好きです。

 

特に岩田騎手の騎乗ホームが余りにも独特過ぎて初めて見た時は釘付けになったものです。

よくあの強引な乗り方で馬を一着に持っていったななどと素人丸出しの印象ですが思ったものです。

 

しかし、現在の競馬ではそのくらいのインパクトしか持てずに偶に観るといった程度になってしまいました。

それは、一番印象に残っている騎手と馬が過去にいるためであります。

 

それは、今の競馬界ではもうタブーなのかもしれませんが、「田原成貴」元騎手であります。

私が一番競馬に熱中していた頃で、この田原成貴騎手が一番印象的であり、今もこの人を越えるインパクトを持っている騎手は私の中ではいません。

 

騎手生活の後半にコンビを組んでいた「マヤノトップガン」の騎乗は今でも忘れられないコンビであります。

ミーハーな組み合わせだと思いますが、このマヤノトップガンの最後のレースとなった97年の春の天皇賞のインパクトを越えるレースは私にとっては今もありません。

 

それまで前目でレースをしていたこの馬を、まさかの後方待機からの追い込みで当時のレコードタイムを叩きだし、「サクラローレル」を一蹴したあのレースを作った田原成貴が私にとっては最も印象に残る騎手であり続けています。

 

1987年オークス 勝利騎手インタビュー 田原成貴(マックスビューティ)

 

 

 

 

 

騎手界の玉三郎、田原成貴

 

 

田原成貴」といえば「トウカイテイオー」の有馬でのラストランを忘れる事が出来ません。

前年の有馬記念以来という一年振りの出走となるトウカイテイオー、前年は一番人気に推されながら敗れてしまい、その後故障が発生して一年間療養をしていました。

 

ステップレースを挟まずいきなりグランプリレース有馬記念ですから競馬ファンとしてはさすがに無理だろうという声が多いでしたが、私も勝てるとは思いませんでしたが一年振りとなるトウカイテイオーのために単勝馬券を2,000円で購入しました。

そしてまさかの勝利で騎乗の田原成貴の声を震わせながらインタビューを受けていた姿に感動しました。

前回の有馬でも田原騎乗でテイオーとの再コンビで見事雪辱を果たしてくれました。

当たった馬券はコピーして今でも大事に保存しています。

 

田原成貴は騎手の他にも漫画の原作執筆をこなすなどマルチな活動もあり、少しずつ騎乗回数が減りましたが、それでも「マヤノトップガン」、「ワンダーパヒューム」、「フラワーパーク」と騎乗回数の割りには効率良くG1などの重賞レースを勝ち続けました。

その勝ちっぷりもゴール前での叩き合いを制する華やかなものが多く「競馬界の玉三郎」と言われる所以があるのだと思います。

 

騎手生活からは早々と引退してしまいとても残念でした。

もう少し田原の華やかな騎乗を見たかったのですが、才能のある人でしたから田原らしいかなと思いました。

その後傷害や大麻で逮捕されるなど騎手時代の栄光に傷が付いてしまったのはとても残念ですが。

 

Gの迷言 有馬記念?

 


 

(画像出典:ウィキペディア)

 

田原 成貴(たばら せいき)

1959年1月15日

島根県鹿足郡柿木村出身

日本中央競馬会所属だった元騎手