渡辺薫彦と沖調教師の師弟関係がよかったです

 

去年末、騎手を引退した「渡辺薫彦」騎手は、私が好きな騎手の1人でした。
そして、渡辺薫彦騎手と所属していた沖調教師との師弟関係がすごくよかったと思います。

 

渡辺薫彦騎手は、デビューした際に、ひそかに注目していたのですが、最初の1勝がなかなかできなかったと記憶しています。
それでも私は、そんなに悪い騎乗ではないと思っていたので「ナリタトップロード」とのコンビの登場には密かにうれしくて期待していました。

 

皐月賞もダービーも私は本命にして勝てると思っていましたが、馬場や他の馬の強襲とかで勝ちきれなかったのですが、常に強い競馬をしていたので、「菊花賞こそは!」と思っていたものです。

 

そんな時、競馬の内容なんか関係なく成績だけで、スポーツ新聞などで、乗り替わりとかの話が出てくるものなのですが、渡辺薫彦騎手とナリタトップロードのコンビにもそんな話が出てきました。

私としては、追いかけたいコンビだっただけに、「余計なことを、何も知らない奴らが何を言ってるんだ!」と思っていましたが、それでもエセ的な人たちは言うものなんです。

しかし、ここで沖調教師がしっかり説得やカバーをしてくれたそうです。

それが念願の菊花賞勝利に結びついたのです。

 

なかなか勝てなかった渡辺薫彦騎手をG1ジョッキーにしてくれたのが、沖調教師だったのです。
そして私の馬券も初めて当たったわけです。

 

それから何度かナリタトップロードは騎手乗り替わりもありましたが、引退レースでは渡辺薫彦騎手が乗っています。

ここも沖調教師のおかげなのでしょう。

 

1頭の馬、そして騎手と調教師の絆。

それを一番感じたのが、渡辺薫彦と沖調教師の師弟関係でした。

渡辺薫彦ご苦労様!

 

JRA ジョッキー列伝 渡辺薫彦

 

 

 

 

菊花賞、おのれの全てを賭けて勝利した男、渡辺薫彦

 

 

2012年、去年引退した1人の騎手で「渡辺薫彦」という人がいました。
渡辺騎手は、あの怪物「テイエムオペラオー」と好勝負を続けた馬に乗った影の主役でした。

 

テイエムオペラオーと言えば、「和田竜二」と言われるように、「ナリタトップロード」と言えば、渡辺 薫彦と言われるぐらいでした。
ナリタトップロードの最初の頃は、全て1番人気でしたが2着・1着・3着と平凡でした。
重賞のきさらぎ賞で、皐月賞有力候補と言われたエイシンキャメロンを破り、さらに重賞の弥生賞で、大本命のアドマイヤーベガを破って、一気にナリタトップロードは皐月賞の有力馬になりました。

 

この時ばかりは私も、ナリタトップロードに乗る渡辺 薫彦が三冠のいずれかは取ると確信しましたが、皐月賞はまさかのテイエムオペラオーの大外強襲で3着、そして、日本ダービーで早めのスパートで直線を抜け出し、勝ったかと思った瞬間、「武豊」騎手が乗る「アドマイヤーベガ」に僅差で差されて2着。

 

この時の渡辺 薫彦は、あまりの悔しさにレース後に大泣きして、その現場をテレビで報道されていたので、私にも悔しい気持ちが伝わってきました。
もちろん私は皐月賞、日本ダービーと渡辺の乗るナリタトップロードの単勝馬券を賭けていました。

 

そしてこの頃から、渡辺騎手への批判が始まり、騎手に実力が無いからナリタトップロードから降ろせと言われていましたが、馬主と調教師の沖さんは、渡辺を降ろさず続行しました。

 

そして、渡辺騎手もインタビューなどでも絶対に今度は勝つというオーラーのようなものを漂わせ、まさに背水の陣というような物凄い気迫を感じました。
そして当日の菊花賞、スタートをして淡々と先行して回り、4コーナー直線手前の京都名物の下りで、必殺の「超ロングスパート」をナリタトップロードが使って先頭に立つと、「勝てぇー」と私も吼えて、最後に迫ってくるテイエムオペラオーを0.1秒差で退け、
ついに最後の一冠である菊花賞をもぎとりました。

 

渡辺もこの時初めてG1騎手となり、私自身も最高にうれしかったです。
私はテイエムオペラオーに乗る和田が好きですが、この年の菊花賞の名勝負を演じてくれたナリタトップロードと渡辺騎手も大好きです。

 

(画像出典:ウィキペディア)

 

渡辺 薫彦(わたなべ くにひこ)

1975年4月5日

滋賀県栗太郡栗東町出身

日本中央競馬会 (JRA) 沖芳夫厩舎所属元騎手