真実一路の快速馬「ミホノブルボン」

 

ミホノブルボン」は、私にとって信念の馬、不屈の根性の馬として思い出されます。

当時まだ珍しかった栗東坂路の厳しい調教で鍛えた体は、筋骨隆々たるもので、ミホノブルボンを初めて目にした時は、それまでのサラブレッドの容姿とは異なり、異形な感じさえしたものです。

サイボーグなどと形容されていましたが、正にそのような印象そのものでした。

 

デビュー戦のスタートで致命的な大きな出遅れをしたのにもかかわらず、最高峰から直線一気に差し込んで、結果は驚きの、3歳コースレコードでした。

この新馬戦は本当に強烈でした。

けれども、その勇姿に見惚れながら、個人的には穴馬好きであるので、人気を裏切らないタフネスな走りに、少々残念な気分になったものです。

 

先行し、鍛え上げた筋肉をフルに使ってゴールまで力強く走りぬくミホノブルボンの走法は、実直な職人とでもいうような走りで、その筋骨の派手な印象とは異なります。

 

 

また、この馬を終始鞍上した騎手小島貞博も、失礼ながらそれまでに脚光を浴びるタイプとは別の、地味で実直なタイプで、人馬ともに応援せずにはいられない感じでした。

皐月賞もダービーも距離の不安がレース前に大きく騒がれていましたが、結果的にはハナを切って余裕あるゴールを切りました。

 

私が忘れられないレースは、惜しくも負けてしまった菊花賞です。
三冠馬の誕生と距離不安が同時に騒がれていたので、どんな走りを披露するのかと思いましたが、結果的には道悪と血統に恵まれた「ライスシャワー」にかわされて2着に敗れました。

 

敗れはしましたが、この馬がさすがだと思われたのは、直線で一度抜かれた「マチカネタンホイザ」をもう一度ミホノブルボンが差し替えたところです。
私はミホノブルボンとライスシャワーの馬券を的中させましたが、本当の本命はマチカネタンホイザだったので、より印象深く、今でもありありと、タンホイザがブルボンに抜き返された場面を思い浮かべることができます。

 

小島貞博と外山調教師、そしてミホノブルボン。
三位一体の愚直とも言えるような真実一路といった走り。

それは日本人のあるべき姿かもしれないと、時折懐かしく思い出します。

 

 

 

最強の逃げ馬 ミホノブルボン

 

 

私が初めて競馬場で競馬を見たのは、今から20年以上前に阪神競馬場で働いていた時です。

場外投票の警備をしていました。

それまでに競馬をテレビで見たことはありましたが、特に興味を持つこともなく馬券を購入したこともありませんでした。

 

競馬のレースを見ても興味を持てなかった理由として、どの馬が強いのかが分かりにくかったという点があります。

特に最後の直線になって急に走り出すいわゆる「追い込み」という戦術が理解出来ませんでした。

こんなのに良くお金をかけることが出来るものだというのが当時思っていた競馬についての感想です。

 

さらに競走馬の見た目も同じように見えて、応援の対象になりにくいというのも興味を持ちにくい理由となっていました。

ギャンブルとしてだけではなく、スポーツ観戦としても関心が持ちにくいと感じていました。

 

しかし職場が競馬場になったという事で、否応なしに競馬を見ることになりました。

その時に快進撃を続けていたのが、無敗の2冠馬「ミホノブルボン」でした。

 

ミホノブルボンは、スタートからゴールまで先頭で走り続けるという戦法を取っていました。

いわゆる逃げ馬と呼ばれる馬です。

逃げ馬はたいていの場合にはゴール前になると失速するのですが、ミホノブルボンは違いました。

このような戦法は、素人眼には非常に分かりやすい上に強く見えました。

 

ミホノブルボンは見た目も500キロを超える大型の栗毛馬で、異常な存在感がありました。

ミホノブルボンは、私がはじめて応援した馬であり、強く印象に残っています。

現在は種牡馬になっていますが、残念ながら活躍した産駒はいないようです。

 

ミホノブルボン 第5戦皐月賞 G1 芝2000(良)