私が競馬好きのきっかけになった競走馬ビワハヤヒデ

 

私は1991年頃から友人の誘いで競馬を始めたのですが、その頃は特に好きな競走馬はおらずただ単なる賭け事でしかありませんでした。

 

しかし1993年の牡馬クラシックで出てきた、その当時4歳(今でいう3歳)で3強と言われた、「ウイニングチケット」・「ビワハヤヒデ」・「ナリタタイシン」のレースが最高に面白く、一番記憶に残っています。

 

結局その3強は、皐月賞が「ナリタタイシン」、日本ダービーが「ウイニングチケット」、菊花賞が「ビワハヤヒデ」と3冠それぞれ分け合うという形で終わりましたが、

 

中でも一番地味ですが、安定していた「ビワハヤヒデ」が一番好きでした。

 

なぜ、他の2頭ではなくビワハヤヒデかというと、ナリタタイシンは一発屋的な所があり、ウイニングチケットは花がありましたがこちらも一発屋的な所があり、私の性格上もっとも堅実で安定していたビワハヤヒデが合っていたのかもしれません。
しかし、3強で3頭全く違う脚足で争っていたからこそ面白く、それから競馬は私の中では単なる賭け事ではなくなったきっかけになりました。

 

みなさんがよく言う競馬にはロマンがあり、競走馬一頭一頭にはそれぞれエピソードがありそれを知ると更に競馬を楽しめることを知りました。
今は、ネットなどから様々な情報を得られるので興味のある競争馬が出てきたら調べるのも、私の競馬を楽しむ一つとなっています。

 

 

 

ブサイクで心くすぐられる競走馬「ビワハヤヒデ」

 

 

私の好きな競走馬は「ビワハヤヒデ」です。
ビワハヤヒデが3冠戦線で走っている頃がちょうど競馬にハマり始めた時期で、完全に好きになったのは菊花賞で勝った時です。

 

皐月賞では「ナリタタイシン」の2着、日本ダービーでは「ウイニングチケット」の2着で栄冠に届かなかったので、菊花賞を目の前で勝った時は大喜びでした。

 

そして2着のステージチャンプとの馬券を持っていたので、その日は豪華な夕食になりました。
ビワハヤヒデは芦毛の馬であまりキレイな色ではなく、顔もデッカイのでどちらかと言うとブサイクな馬。

 

その辺りにも心くすぐられて、以降ずっと応援していました。
引退レースになる天皇賞(秋)以外は連帯率100%だったので、馬券面でもかなりお世話になりました。

 

トウカイテイオー」に負けてしまった有馬記念も感動したし、翌年の天皇賞(春)も良かった。
そして宝塚記念も勝って、天皇賞(秋)は阪神競馬場に行っていました。

 

そのレース中に故障が発生して引退となりましたが、モニターで見ていて茫然・・・その後は心ここにあらずの状態・・・
茫然の状態のまま間違って買った12Rの馬券が9千円台の高配当で当たってしまいましたが、嬉しさは無し。

 

その後の新聞で引退の記事、厩務員さんがビワハヤヒデをなでている写真と「ごくろうさん」という文字が目に入った瞬間、電車の中にもかかわらず涙が潤んでしまいました。
今はそれほど競馬をやっていませんが、ビワハヤヒデほど大好きな競走馬は出てこないだろうと思います。

 

 

 

ビワハヤヒデの魅力

 

 

顔が大きいと言ったらこの馬を思い出す人も多いでしょう。
それが「ビワハヤヒデ」です。

 

赤いメンコが特徴だった彼はメンコを取ったときの顔の大きさと凡庸とした表情で不細工と評されることもありました。
しかし大きな流星と芦毛ならではのピンク色の鼻先は非常にチャーミング。
私は一目見たときから彼のファンになりました。
しかし彼の魅力はそのルックスだけではないのです。

 

新馬時代から活躍を見せていた彼は皐月賞のトライアルレースである若葉ステークスで見事勝利します。
しかし本番の皐月賞ではゴール直前に惜しくも「ナリタタイシン」に抜かれ2着。

 

続いて4歳馬の頂点といわれる日本ダービーでも「ウイニングチケット」に敗れまたも2着。

その後、夏は放牧に出されることが多い競走馬の中でビワハヤヒデは厩舎に残りトレーニングを続けます。

 

目指すは4歳牡馬3冠の最後のレース菊花賞です。
本当に強い馬が勝つ」といわれるこのレース。
結果は2着に5馬身差をつけレコードタイムで見事勝利を手にするのです。

 

次走のグランプリ有馬記念では惜しくも2着となりましたがGⅠ1勝2着3回の成績が称えられ年度代表馬に選ばれました。

古馬になってからも天皇賞(春)や宝塚記念を制し16戦10勝2着5回という輝かしい功績を残し引退します。

 

ぼんやりしているようで実は人一倍(馬一倍?)努力をするビワハヤヒデ。
そのキュートな顔と素晴らしいレースの数々を思い出すたびに私の胸は熱くなります。

 

1993年菊花賞 – ビワハヤヒデ