ヤッパリ「オグリキャップ」でしょうね~

 

競馬のなかでも、やはり1番思い出に残るのは「オグリキャップ」です。

 

それは何故かというと、たしかに歴代の馬では多くの人が知っている有名な馬です。

しかし馬だけでなく、私は以前、オグリキャップの馬主である稲葉さんにお合いしつつ、この奥さんが稲葉牧場の人で身近だったこともあるのです。

こういうこともあり、知識はないけれど、稲葉さんちの、オグリキャップってことだけはわかっています。

 

ときどき、北海道出身なので、牧場は遠くではあるが、馬は見に行ったし、競馬場も厩舎へいって見てきました。

馬の搬送もfedxが請け負って、競馬馬をレース郵送、大おい、京都、ドバイ、中国と競走馬を搬送もみてきた。

 

オグリキャップは厩舎でも優秀で何といっても走る時のフォームがサラブレットなんですよ。

本当の意味で。

 

後はもって生まれたものでしょうね。

腰つきと、あしの綺麗さ、優勝に関する経験値、旗手との相性、多分ノリ具合、こういうことを考えると、見て知れば、このオグリキャップに関する魅力ははっきりしていると思います。

オグリキャップは、その後、引退するまでに綺麗であるが故、映画にもなっています。

 

こういう映画は近年あまり出てこない。

私からすると、一競走馬の枠を超えて芸術の域に到達したといったところでしょうか。

 

 

 

オグリキャップの魅力

 

 

少し前の競走馬ではありますが、私の好きな競走馬としてはまず「オグリキャップ」の名が挙がります。

 

まだ競馬を本格的に始めてからあまり時間が経っていない時でありました。

もちろん初めの内でありましたから勝ち馬投票券も重賞やG1クラスのレースしか買うことはありませんでしたが、ことごとくそのレースに出ては勝ち出ては勝ちを繰り返していたのがオグリキャップでありました。

 

私自身は勝ち馬投票券ではいわゆる穴馬券を買う方でありましたので大抵はオグリキャップにしてやられるという事が多かったのですが、この馬は不思議に愛嬌があると言うかとてもファンに愛されていた馬でありました。

勝ち馬投票券でやられてばかりであったので当初はあまり好きではなかったのでありますが、本当にオグリキャップが好きになったのは実はオグリキャップがあまり勝てなくなってからでした。

 

オグリキャップの時の競馬ブームは尋常ではありませんでした。
オグリキャップの岐阜の地方競馬の出身ということと、あまり良い血統ではないというのが庶民に受けたということでありましょうが、特に最後のレースとなった有馬記念の一種異様な感じは忘れられません。

 

中山競馬場へ行ったわけではありませんが、なんと19万人の観衆が集まったと言うことでした。

その中でピークを過ぎた競走馬は若い有力な馬たちを蹴散らして優勝した時には鳥肌が立ったとしか言いようがない感動でした。

 

 

 

私が競馬に興味をもつきっかけになったオグリキャップ

 

 

私が「オグリキャップ」に惹かれたのは、オグリが既に中央競馬で実績を上げていた平成元年の秋です。

競馬に関してほとんど興味がなかったのですが、テレビなどのメディアでオグリが取り上げられ自然と目と耳にするようになりました。

 

実際レースをテレビ観戦したのが秋のジャパンカップで最後の直線で外国馬「ホーリックス」との叩き合いで敗れたものの同タイムで世界最高タイムというものでした。

この当時の競馬場は過去最高の観客動員数でレース前の歓声はものすごかったのです。

これだけ人々を熱くさせる競馬とその中心にいたオグリキャップに感激してしまいました。

 

そして人生初の馬券購入となったこの年の有馬記念、馬券の仕組みが分からない私は新宿のウインズで係員に尋ねながらオグリの単勝を購入し、雨の降りしきる中山競馬場のレースの行方を見守りました。

結果は5着。

強いオグリのイメージしかなかった私にとってはキツネにつままれた感覚でした。

 

翌年もオグリ出走時のみ単勝購入しましたが、成績が下降気味でなかなか馬券は当たりません。

しかし最後の出走となった有馬記念では人気薄でしたが買う馬はこれしかなかったので迷わずオグリ単勝です。

私を競馬に引き寄せてくれたオグリの最後、勝負はどうでも良く最後の疾走を見届けたかったのですが、見事最後の直線で伸びて一着に!感動で目頭が熱くなりました。

 

これだけ心を揺り動かされた馬は今後出て来ないでしょう。

以後いろんな競走馬が出てきて活躍しましたが、成績とかは関係なく自分の中でオグリを超える馬が出て来ないのです。

 

今も時々オグリのDVDを観賞し、オグリの思い出に浸っています。

 

オグリキャップ 1990有馬記念