心を駆ける馬~サイレンススズカ~

 

 

私がまだ競馬を予想だけで楽しんでいた頃(未成年だったので馬券は買えず)、“一目惚れ”をした馬がいました。

それが「サイレンススズカ」です。

デビュー戦から最終戦まで、全てを打った、ただ一頭の馬です。

 

鈴鹿にたくさんの想い出を刻んだF1チャンピオン、アイルトン・セナが突然世を去った1994年5月1日に、サイレンススズカは誕生しました。

ブラジル国旗を思わせる勝負服に、馬なりのまま後続をちぎるほどの天性のスピード。

セナの化身」そう思えるほど、強い印象を受けました。

 

繊細なガラスの心を持つが故に暴走したこともありましたが、私は確信していました。

絶対にNo.1になる』と--。

 

2年目の春。

一回りたくましくなったサイレンススズカは、金鯱賞で圧巻の大差勝ちを飾るなど4連勝を達成。

そして、グランプリレース宝塚記念の1番人気に指示されます。

 

代打の南井騎手と共に挑んだ晴れ舞台。

追い縋る「ステイゴールド」、「エアグルーヴ」らを懸命に振り切り、No.1

私の夢が叶った瞬間でした。

 

1998年11月1日。1枠1番。1番人気。通過順位1-1。

全てがNo.1だったあの日。

しかし、フィニッシュラインを1着で越えるサイレンススズカの姿を見ることはありませんでした……

 

それからしばらく後、1枚のテレホンカードが届きました。

サイレンススズカが生涯唯一のG1勝利を飾った宝塚記念のもの…。

 

あれから14年

テレカはすっかり時の忘れ物となってしまいましたが、それは今でも、私の宝物です。

 

 

 

東京競馬場の伝説になったサイレンススズカ

 

 

サイレンススズカ」という競走馬はとてつもない魅力を持った馬だったと思っています。

気性が勝っていてなかなか実力を発揮することが出来なかった馬です。

 

しかし徐々に「逃げ」というスタイルを築き上げてすばらしい競走馬に成長していきました。
サイレンススズカを語る上で必要なレースは金鯱賞と宝塚記念と毎日王冠、天皇賞・秋の4つです。

 

金鯱賞は重賞なのですが、自分のマイペースを貫いて大差をつける圧勝でした。

そのレースには「ミットナイトベット」や「マチカネフクキタル」などのG1馬が出走しているにも関わらずというレース内容です。

 

次走の宝塚記念も自分のスタイルでG1初制覇を果たすと、秋の始動戦の毎日王冠は今では伝説のG2と言われるくらいのレースでした。

1歳年下の「グラスワンダー」と「エルコンドルパサー」という強豪馬が出走してきたので注目を浴びたのですが、子ども扱いにしての勝利ということでこの馬はかなり強いということを証明したと思います。

 

その後の天皇賞・秋はサイレンススズカのためのレースだと思っていたのですが、3,4コーナー中間で骨折を発症して予後不良となってしまいました。

何とかしてほしかったのですが、残念でなりません。

途中までは20馬身近く離していたのでこれは勝ったと思いました。

今ではこのような逃げ馬はそんなにいませんし、天皇賞を逃げきることが出来たのはこの後にも先にもサイレンススズカだけだと思います。

 

 

 

涙なくしては語れない、サイレンススズカ

 

 

私の大好きな競争馬は残念ながらもうその走る姿を見ることはできません。
サイレンスズカ」、名前とは裏腹に人々を熱狂させた馬でした。

 

最速の脚でスタートから逃げて逃げて大逃げ切る、とにかく風の様に走る馬でした。
普通の馬は最初は早くても最後のカーブを曲がって直線で後続馬に抜かれてしまうことが多いのですが、サイレンススズカは全く違い、ゴールに入る頃にはテレビ画面に2着以降の馬が映っていない程差を付けていたのが印象的でした。

 

忘れもしない人気絶好調だった秋の天皇賞、もちろん私も馬券を勝って自宅でテレビ観戦していました。
スタートからいつものように猛スピード、お客も当然そのままぶっちぎりでゴールすると思っていたのですが。
途中で急に止まってしまい、そのままレースは棄権になってしまいました。

 

ジョッキは降り、競馬場は静まり返っていました。
なんとレース中に脚を骨折してしまったのです。

 

テレビ中継中、会場もアナウンスも異様な雰囲気になり、番組の最後に予後不良と発表がありました。
そのまま安楽死させられてしまったのです。
私も見ていて涙が出ました。

 

テレビのアナウンサーの女性が最後に泣きながら話していたのが忘れられません。
本当に可哀想なことをしたと思います、どうして馬は脚を骨折しただけで命を奪われてしまうのか、胸が詰まりました。
サイレンススズカ、歴代最強の逃げ切り馬です。

 

1998 金鯱賞(GII) サイレンススズカ 大差勝ち

 

 

 

h4稀代の逃げ馬サイレンススズカ

 

 

サイレンススズカ」は、個人的には間違いなく最強馬の一頭です。

最強馬と言いますと、「ディープインパクト」、「ナリタブライアン」、「シンボリルドルフ」といったような名前が挙がることが多いですが、私は間違いなくサイレンススズカが最強馬だと思います。

 

サイレンススズカとの出会いは2着に逃げ粘った神戸新聞杯からです。

サイレンススズカは、前年度は素晴らしい能力を見せながら、その能力を十分に発揮することが出来ていませんでした。

 

マイルチャンピオンシップに挑戦したり、天皇賞秋にも出走して果敢に逃げたのですが、途中で失速してしまい勝つことが出来ていませんでした。

そんな中出会ったのが天才「武豊」です。

 

武豊との出会いは、香港のレースからです。

その時も負けてしまったのですが、能力の開花を感じることが出来るレース内容でした。

 

それからは、主戦に天才武豊を迎えての快進撃が始まります。

バレンタインステークス、中山記念、小倉大賞典、金鯱賞を逃げて4連勝します。

 

特に金鯱賞は大差をつけての大圧勝劇でした。

宝塚記念はエアグルーヴに武豊が騎乗するため、南井に乗り替わりましたがそこでも勝利しました。

 

晴れてG1馬になってからは、伝説のG2とも言われている毎日王冠で、「エルコンドルパサー」と「グラスワンダー」を子ども扱いして勝利して、名実ともにその時点での現役最強馬となりました。

 

天皇賞秋の悲劇がなければと思うと、本当に残念でなりません。