忘れられた名馬「ツインターボ」の思い出

 

かつて競馬はギャンブルだった。
もちろん現在も、好みの馬や騎手にお金を賭けるのですが、いわゆるタバコ銭程度の遊興の範囲内の話です。
不況と言われる現在、競馬の借金で首を吊るという話もほとんど聞かなくなりました。

 

ギャンブルから遊興へ大きく変わった背景にはバブルと言われる時代と、女性が競馬を楽しむようになったことがあるのですが、私はやはりあの名馬の存在があったからだと思っています。
競馬というゲームが、勝つと予想した馬にお金を賭け、配当金を得るという性質のものである以上、当然速い馬が脚光を浴びます。

 

それは過去も現在も基本的に変わりはありません。
が、その馬は人気に比例するほど速い馬とは言えなかったのではと思っています。

 

その名馬の名は「ツインターボ」。

 

ツインターボの身体は明らかに他のサラブレッド達に比べ、一回り小さかった。
その小柄な馬が中央にまで上がって来るだけの実力を持っていた。

 

一際小柄な身体で、大きなサラブレッド達に対抗する様子は主に若い女性からの判官贔屓的な人気を得ました。
これだけでも十分日本の競馬を変えた名馬と言えるのですが、この馬の走りは更に特徴的でした。
どんなレースでも先行逃げ切り、一本調子。
本来競馬に勝つためには、ペース配分を考えないといけないのでしょうが、ツインターボに関しては、キャラクターを守るためか、常に最初は先頭を走っていた。

 

どんなレースでも先頭を走る瞬間があるその馬は、いつでも、一時的には今日は勝つのかも知れないと思わせました。
そんな競馬史を変えた名馬がかつていたのです。

 

 

 

大逃げするしかない「ツインターボ」

 

 

逃げ馬の名馬は数々いますが、名馬という範疇におさまりきれない特異なキャラクターもいます。
勝算あっての逃げではなくて、余りにも臆病過ぎるがゆえに、大逃げを打つしかないという戦法によって、人気を得たのが「ツインターボ」です。

 

ツインターボは、1991年から1996年まで中央競馬で活躍した鹿毛の小柄な牡馬で、1998年にすでに亡くなっています。

 

この馬は、「当たって砕けろ」というか、無謀で玉砕型の大逃げを打つ馬で、逃げ切って勝つか、失速して惨敗というレースしかできませんでした。

 

ですので、一流名馬となるべく馬の賢さみたいなものは一切持ち合わせないために、4歳の皐月、ダービー、菊には出走していません。

初重賞制覇は4歳時のラジオたんぱ賞、セントライト記念、福島記念では2着に逃げ粘ったりしていましたが、その後は、大逃げゆえの失速を繰り返し成績は振るいませんでした。

 

彼が復活したのは、その翌々年の6歳時のことです。

福島開催の七夕賞で見事に逃げ切り、続く中山オールカマーでもゴール板を先頭で駆け抜けました。
その後は1995年の中山AJCC杯を最後に中央競馬を離れ、地方競馬へと転厩していきました。
ですので、中央競馬での戦績はあまりぱっとしたものではありません。

 

大きな戦績がないのにも関わらず、思い出されるのは、やはり、破れかぶれのような大逃げであり、それが競馬ファンに愛されたからです。

逃げ馬は時として逃げないこともありますが、この馬は確実にしかも馬鹿みたいに圧倒的に他馬を離して逃げるのです。

 

いつもどこかで、「今回こそは逃げ粘るのでは」と、苦笑をしつつも期待をせずにはいられないのです。

 

それは自分の予想が他馬にあってもです。

両耳にストライプの入った特徴的なメンコを着けたツインターボが他馬を引き離して気持よく駆けるその勇姿を見つめて、心内で頑張れ、頑張れと願わずにはいられないのです。
そして、失速して他馬の中で沈んでいく姿に、思わず笑ってしまうのです。

 

とにもかくにも、逃げるしかない、これがツインターボという馬で、強さや賢さといった名馬にはない、特異なキャラクターの持ち主として、愛さずにはいられない名馬です。

 

1993 オールカマー(GIII) ツインターボ