大西直宏とサニーブライアン

 

1997年の牡馬クラシックレースの第一弾、皐月賞の本命馬は人気馬だった「メジロライアン」の子「メジロブライト」でした。

私もライアンが好きだった事もあり実力よりも応援したい気持ちもありメジロブライトの活躍を期待しました。

 

皐月賞の出走馬を見るとあまり目立った活躍の馬はなく「ヒダカブライアン」、「サニーブライアン」と数年前に三冠を取った「ナリタブライアン」の二番煎じのような名前があり名前だけ強そうだなと気にも留めませんでした。

オオニシという騎手も始めて知ったのもこの時です。

 

しかし本番ではそのサニーブライアンと「大西直宏」コンビがやってくれました。

大外から一気に他の馬を遮るように先頭に立つとペースを落としてレースを作ります。

最後の直線でつかまるだろうと思っていたら二着馬にぎりぎり詰められましたが先頭でゴール。

人気薄もあり馬連で5万円という超万馬券となりました。

 

ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ日本ダービーですが、人気は6番目、中山競馬場と違い府中は最後の直線が長く必ず捕まるだろうと予想されていたからです。

私もそう思いブライト本命、サニーブライアンは眼中にありませんでした。

 

しかし日本ダービーでは皐月と同じ大外から先頭に立ち皐月と同じレース展開、最後のコーナーの直線に入ってブライトの追い込みを期待したのですが、悠然と駆け上がるサニーブライアンに他の馬はついてこれず先頭でゴールイン。

鞭を振り上げて喜ぶ大西騎手の姿が印象的でした。

馬券ははずしましたが、何かすがすがしい感じで良い馬であり騎乗であったと素直に負けを認めました。

 

勝利インタビューで大西騎手は皐月賞馬なのに人気にならなかった事を尋ねられると「一番人気はいらないから一着だけ欲しい」のセリフは大西騎手の実直な思いなんだと感じました。

サニーブライアンとのコンビで一世を風靡した大西騎手の活躍はこの年だけでしたが、あの一着だけ欲しいという名セリフは今でも競馬ファンの中で語り草になっています。

 

忘れられない感動を与えてくれた大西騎手には感謝しています。

 

日本ダービー サニーブライアン(大西直宏インタビュー)

 

 

 

大西 直宏(おおにし なおひろ)

1961年9月14日

東京都葛飾区出身

日本中央競馬会 (JRA) の元騎手